サルトル - 松浪信三郎

松浪信三郎 サルトル

Add: kileb6 - Date: 2020-12-05 02:53:52 - Views: 4464 - Clicks: 7718

サルトル 、 松浪 信三郎 | /9/10. サルトル 松浪信三郎, 平井啓之 他訳、河出書房新社、平17、482p、A5、1冊 初版 カバー付 シール剥がし跡 ☆ 入金確認後、速やかに発送いたします。. 存在と無―現象学的存在論の試み 第2分冊 (松浪信三郎訳. ジャン=ポール・サルトル『存在と無Ⅱ 現象学的存在論の試み』(松浪信三郎訳)ちくま学芸文庫、年 松浪信三郎『サルトル』勁草書房、1994年 アネット・インスドーフ『ふたりのキェシロフスキ』(和久本みさ子、渡辺克義訳)青土社、年. ネクラソフ―劇作 (淡徳三郎訳) サルトル全集18. アルベレス著 ; 松浪信三郎訳 言語: 日本語 出版情報: 東京 : 河出書房.

サルトル - 松浪信三郎 - 本の購入は楽天ブックスで。全品送料無料!購入毎に「楽天ポイント」が貯まってお得!みんなのレビュー・感想も満載。. 松浪 信三郎『サルトル』の感想・レビュー一覧です。ネタバレを含む感想・レビューは、ネタバレフィルターがあるので安心。読書メーターに投稿された約4件 の感想・レビューで本の評判を確認、読書記録を管理することもできます。. 大澤真幸が読む 20世紀の中頃、サルトルは思想界の皇帝だった。サルトルの文学と哲学は世界中で読まれ、彼の政治的行動が注目された。今日彼に匹敵する巨人はいない。どうして人々はあれほどサルトルに熱狂したのだろう。 サルトルは、「神の不在」. Question de méthode. サルトル : 人と作品 フォーマット: 図書 責任表示: r. サルトル フォーマット: 図書 責任表示: 松浪信三郎 ほか 訳 言語: 日本語 出版情報: 東京 : 河出書房新社, 1965.

3 Description: 482p, 図版1枚. 松浪 信三郎 出版日年に岩波書店から出版されたその名もズバリ『実存主義』。著者はサルトルの代表作『存在と無』を訳したことでも知られる哲学者の松浪信三郎です。. 12刷 (1969) のシリーズ番号: 第93巻. See full list on philosophyguides. サルトルには、眼差しは同時に二つの眼差しであることはできないという奇妙なルールがある。私が相手の眼差しのうえに私の眼差しを向けるやいなや、相手の眼差しは消失し、単なる「眼」が残るだけだ。この失望がきっかけとなって、その後のいろいろな試みが生じてくるという。 そのひとつ、他人の自由な主観性を奪い取ろうとする試みは、「性的欲望」のうちに最もよくあらわれる。性的欲望は他者の身体についての欲望であると同時に、みずから自己の身体のうちに没入しようとする体験である。性的欲望の実現が性的行為である。性的行為は、身体(corps, body)が肉体(chair, flesh)〔=モノ〕として私に示されるかぎりにおいて、相手の身体を我がものにすることである。性的行為は、相手の身体から、その衣服と自由な運動を取り去って、この身体をたんなる肉体として存在させようとする。つまり他者の身体を肉体化することである。サルトルはそれを受肉と呼ぶ。 その意味で、愛撫する(撫でたりキスしたりする)ことは、他人の身体を我有化することなのである。愛撫は一種の加工である。愛撫は、他者の身体を肉体として、私自身にも他者にも顕示する。私は、他者が他者自身の肉体をとおして私の肉体を味わい、そうして他者が自分を肉体として感じるように仕向ける。そこには、二重の相互的な受肉(他者の/自己の肉体化)がある。性的行為に典型的な没入の体験とは、意識が肉体によって満たされてしまうことである。「肉体相互に対しての、肉体相互による、肉体の開花こそは、性的欲望の真の目標である」(『存在と無Ⅱ』449頁)。けれども、サルトルによれば、性的欲望は最後には挫折する。私の受肉が、相手の受肉を吸収して、ついには私の受肉だけが究極目標になってしまうところに、挫折がひそんでいる。そうなると、愛撫する快楽は、愛撫されるだけの快楽に変化する。たちまち、そこには肉体的交流の断絶が生じ、性的欲望はその目標を失う。. See full list on wpedia. 松浪 信三郎(まつなみ しんざぶろう、1913年 8月18日 - 1989年 9月2日)は、フランス哲学の研究・翻訳者。サルトル『存在と無』の翻訳で知られる。 東京生まれ。早稲田大学大学院哲学科修了。1957年早大教授、1983年定年退任。.

カバー / 冊数 : 1冊 / 刊行年 : 年第4刷 / 出版社 : 勁草書房 / ページ数 : 252p / サイズ(判型): 20cm / ISBN :. サルトル Format: Book Responsibility: 松浪信三郎 ほか 訳 Language: Japanese Published: 東京 : 河出書房新社, 1965. ハイデガーの影響が認められる。意識は常になにものかについての意識であるが,意識の対象となるのは端的に存在する即自で.

L&39;être et le néant : essai d&39;ontologie phénoménologique. 6 形態: ix, 252p ; 20cm. 松浪信三郎 ほか 訳 (世界の大思想 / 務台理作ほか責任編集, 18) 河出書房新社, 1974. 松浪信三郎『サルトル』(勁草書房、1994年) 恋愛は典型的な対他関係である。恋愛を説明するのに「所有」という観念はあまり適切ではない。しかし、恋愛には相手を我がものにしたいという欲望があるのも確かだ。しかし、恋する者は、モノを所有するようなぐあいに、相手を所有したいわけではない。自由に振る舞うことができる相手の存在を、我がものにしたいのだ。これは特殊な「我有化」(appropriation)である。 誘惑される側からいうと、誘惑とは他者の「眼差しを向けられる」に自分を置くことである。それは誘惑者の面前において自分が無であることの意識を、相手のうちに起こさせることである。誘惑されることによって、自分を一つのモノとして見なすように相手に促すのである。要するに、サルトルのいう恋愛とは疎外をテコにして、自分の自由を実感しようとするまことに逆説的な感情である(たしかに恋愛感情にはそういう不合理な面があるだろう)。つまり自己の他有化を求める一つの自由である。ここに「他有化された自由」という、恋愛が企てる(到達不可能な)理想がある。 サルトルの論点からすると、恋愛の「愛する」(能動性)の真の意味は、「愛されたい」(受動的欲望)ということである。そもそもこれは最初から相互性を求めるから、相互受動的な欲望なのだ。恋愛関係は相手から同等を要求する(自分が好きな分だけ、相手も好きになってほしい)。それが無限に続く。対他関係である以上、葛藤を免れない。つまり恋愛関係は不安定であり、結局のところ、他有化された自由という「恋愛の企て」は挫折する。 恋愛の挫折は、他者と自己自身との同化を求めるための新たな試みをひきおこす。つまり、一方的な受動性に退却し、自分を他者に吸収してもらおうと企てる。このように他人の主観性のうちに自己を失おうとする企てを、サルトルは「マゾヒズム」(masochism)と呼ぶ。マゾヒズムは、原理的に「挫折した愛」の姿である。恋愛もマゾヒズムも「眼差しを向けられた者」としての自分の存在の承認をめぐってなされる態度決定である。しかしその他者による存在承認がうまくいかないと分かれば、今度は決然と他者へ眼差しを向け変える以外にない。. 『サルトル著作集』全7巻 人文書院 1961 『知識人の擁護』佐藤朔 岩崎力 松浪信三郎 平岡篤頼 古屋健三訳 人文書院 1967 『サルトル対談集 1・2』 鈴木道彦 ほか訳 人文書院 1969-70. マツナミ シンザブロウ. その他の訳者: 白井浩司, 佐藤朔, 永戸多喜雄, 生田耕作, 渡辺明正, 窪田啓作, 白井健三郎, 松浪信三郎.

ボードレール (佐藤朔訳) サルトル全集17. ジャン=ポール・サルトル著 ; 松浪信三郎訳. デジタル版 日本人名大辞典+Plus - 松浪信三郎の用語解説 - 1913-1989 昭和時代の哲学者。大正2年8月18日生まれ。東京タイムズ論説委員,工学院工専(現工学院大)教授をへて,昭和32年早大教授。パスカル,キルケゴール,サルトルらの実存主義哲学を研究。平成元年9月2日死去。76歳。東京出身。早大卒. 1 ちくま学芸文庫 サ-11-2-サ-11-4.

アネット・インスドーフ『ふたりのキェシロフスキ』(和久本みさ子・渡辺克義訳、青土社、年) 恋愛の挫折からマゾヒズムが誕生するように、性的欲望の挫折から、他者に対する新たな態度が生まれる。すなわち、サディズム(sadism)では、自己自身の肉体化を拒否する(自分だけは優越的に「身体」である)と同時に、力づくで他者にその肉体を顕示しようとする。他者は肉体の顕示に必死に抵抗しようとする自由を示す。サディストが我がものにしようと試みるのは、他者のこの自由である。サディズムとは、他者の身体の自由を我有化したいという欲望である。けれども、サディズムの犠牲者の自由は、原理的にサディストの支配に服さない(他者も「意識」、「身体」なのだ)。そこにサディズムの挫折があらわれる。犠牲者が決然とサディストに眼差しを向け変えるだけで、サディストは自分の存在の他有化を体験せずにはいられない。他者の眼差しのこの抵抗は、サディズムの目標を崩壊させる。 以上のような他者に対する諸関係には循環性があるとサルトルはいう。愛はそれ自身で挫折する運命にあり、愛の死から性的欲望が出現するのであり、それはやがて自ら崩れ去って、再び愛の試みに場所をゆずる。このようなサルトルの考えは、あきらかに極端であろう。特に自分が一方的に主体となったり、他者が一方的にモノになったり、またその逆が起こるという見解は反論を呼ぶ。しかし、我々の他者経験の中で、とりわけ成就し得ない恋愛の中では、一方通行が演じられることはよくある。サルトルはそうした経験の次元を捉えているのだとも言える。 この講義で取り上げるのは三回目になるが、キェシロフスキ監督「デカローグ」シリーズの『デカローグ6 ある愛に関する物語』をサルトル的な観点から分析してみたい。. サルトル - 松浪信三郎 実存主義 - 松浪信三郎 - 本の購入は楽天ブックスで。全品送料無料!購入毎に「楽天ポイント」が貯まってお得!みんなのレビュー・感想も満載。. 33ポイント(1%) すぐに購読可能. Kindle版 (電子書籍) ¥3,300 ¥3,300. 現象学的方法にのっとって存在の問題を問い続けたサルトル。 大著『存在と無』のエッセンスをとり出し、平易な言葉で解説する。 サルトル / 松浪 信三郎【著】 - 紀伊國屋書店ウェブストア. Pontaポイント使えます! | サルトル | 松浪信三郎 | 発売国:日本 | 書籍 || HMV&BOOKS online 支払い方法、配送方法もいろいろ選べ、非常に便利です!. See full list on cinemarche.

サルトル フォーマット: 図書 責任表示: 松浪信三郎著 言語: 日本語 出版情報: 東京 : 勁草書房, 1994. パスカル 、 松浪信三郎 | /7/12. サルトル フォーマット: 図書 責任表示: 松浪信三郎 ほか 訳 言語: 日本語 出版情報: 東京 : 河出書房新社, 1974. Amazonで松浪 信三郎のサルトル。アマゾンならポイント還元本が多数。松浪 信三郎作品ほか、お急ぎ便対象商品は当日お. ジャン=ポール・サルトル 著, 松浪 信三郎 翻訳 現代思想不朽の名著 待望の文庫化! 1巻は、「即自」と「対自」が峻別される緒論「存在の探求」から、「対自」としての意識の基本的在り方が論じられる第二部「対自存在」まで収録。. Matérialisme et révolution dans situation, III. ジャン=ポール・サルトル『存在と無Ⅱ 現象学的存在論の試み』(松浪信三郎訳、ちくま学芸文庫、年) 恋愛と性的な欲望と性的な行為は、分かち難く結びついている。それらは人間が他者に対して抱く欲望と行為の連関を示す典型的なものである。今回は、その「恋愛」と「性的欲望」と「性的行為」に脚光を当ててみたい。 ジャン=ポール・サルトル(Jean-Paul Sartre)は、前期の哲学的な主著である『存在と無』(1943)の第三部の他者論のなかで、有名な「眼差し」の議論を展開している。日常生活のなかで、他者に対する根本的な関係を示すのは、自分の視界に他人が現れるというありふれた光景である。サルトルは他者の存在を表すものを、端的に「眼差し」(regard)であるという。 サルトルによれば、他者とは原理的に「私に眼差しを向けている者」である。しかも眼差しは、必ずしも「眼」ではない。眼差しは、足音や臭いやかすかな気配などを通して、いつでも私のうえにそそがれる。とりわけ、サルトルが好むのは、鍵穴から部屋の中を覗いている状態だ。覗き見をしている状況で誰かが自分に眼差しを向けた場合、そのとき感じる羞恥は、主体のありかたではなく、モノのありかただという。他者が眼差しを向けるだけで私はモノのように固化してしまう。これが他者による他有化〔他者のものになること・疎外〕(aliénation)である。しかし、私は「眼差しを向けられる」から「眼差しを向ける」に自分を変えることもできる。他者の眼差しにおいては他者が私を拘束するが、私の眼差しでは、私が他者を拘束するようになる。ここで問題になるのは、相互変動的な関係である。だから、対他関係はどうしても葛藤(conflit)になってしまう。. 単行本 ワイド版世界の大思想 第2期〈14〉サルトル.

サルトル, 松浪信三郎. 存在と無 : 現象学的存在論の試み. 松浪 信三郎. ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 - 存在と無の用語解説 - フランスの哲学者ジャン=ポール・サルトルの主著。初版は 1943年。 E. サルトル,ジャン=ポール【著】〈Sartre,Jean‐Paul〉/松浪 信三郎【訳】 価格 ¥1,980 (本体¥1,800) 筑摩書房 (/11発売).

©︎Cinemarche 日本映画大学 教授、専門は現代哲学・現代思想・映画論。 早稲田大学大学院文学研究科哲学専攻博士課程満期退学。ボッフム大学、ベルリン自由大学留学。 著書に「ビフォア・セオリー 現代思想の〈争点〉」(慶應義塾大学出版会、)。共訳書に、ベルンハルト・ヴァルデンフェルス著「フランスの現象学」(法政大学出版局、)。 『カンゾー先生』(今村昌平監督、1998)ドイツ語指導監修。週刊「図書新聞」映画評(「現代思想で読む映画」)連載中。WEBではCinemarcheで講義「映画と哲学」を連載。 【日本映画大学 公式ホームページ→】 【連載コラム】『講義「映画と哲学」』記事一覧はこちら. 年譜: p373-382. 存在と無―現象学的存在論の試み 第1分冊 (松浪信三郎訳) サルトル全集19. 存在と無 現象学的存在論の試み 1 (ちくま学芸文庫) 著者 ジャン=ポール・サルトル (著),松浪 信三郎 (訳). 単行本 死の思索 (岩波新書 黄版 222) 松浪. 筑摩書房.

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サルトル - 松浪信三郎 - 大阪桐蔭中学校


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